好きなことを見つけて それを避けてうろうろする

堀木 俊  さん

略歴

2009 建築学科[堀越研究室卒]
2012 建築工学専攻[八束研究室卒] 
在学中にスイス連邦工科大ローザンヌ校に留学
2012-2025 隈研吾建築都市設計事務所 勤務
2025- 株式会社MAE / MAPA[個人事業]

今は、地元でもない富山県で、建築ではなく製薬会社で働いています。 転勤族だった私にとって、コロナ移住というものは、一つの小さな転機でしかなかったですが何か、今までの当然と距離が出来、人生がまた違った方向に進んだことも事実です。

製薬会社の中では、主に経営に関わる新規事業の立ち上げ、中山間の立山町で進めている多義のヘルスケアを実践する村づくりに参画しています。同時に個人事業としてMAPAの屋号で、北陸地方を中心とした建物等の開発案件の監修を行っています。

8年間お世話になった先生方・先輩方・後輩方・他学科の友達・学生課の方々、すべての大学関係者の皆様の顔が思い浮かびます。かけたご迷惑に対して、全員に感謝を伝えたいですが、この文章では1つの言葉だけ取り出して在学時と現在に補助線を引いてみたいと思います。

僕にとって、大好きなこととそうでもないことを両軸で進めていくことが大事だと気付けたのは、担当教員の八束先生にいただいた、「好きなことは言われなくてもやれるので、嫌いなことや興味のないことを勉強するのが勉強だよ」という金言に因るところが大きいです。

大学院に進んだ2009年、やりたいと思う研究をその年はやらないと知ってごねてしまった僕に、先生がかけてくれたこの言葉。当初は全く納得がいかず嫌々メタボリズム史の中での黒川紀章研究をしていました。黒川さんが亡くなったのが僕の誕生日だったので、縁を感じていたものの、最新のキラキラした建築に憧れていた僕は ただ、言われるがまま見様見真似で資料をかき集め・読み込み、後輩達と議論を進めました。調べれば調べるほど見えてくる仮説とその鮮やかな展開に没頭しながら、展覧会へのアウトプットとしてドラフト資料をまとめるなかで、とても良い黒川通史が出来上がっていく様子に興奮したのを今でも覚えています。この時の心地よい達成感は、今までに味わったことのないもので、好きなことでなかったものに向き合うことで、その時に自分は好きなことに向き合うと見えなくなるものがとても大きいことに気づきました。

(単眼的でなく、複眼的に在ること それが当て所もない修士論文にもつながった気がします。)

思い返すと、転校続きだった幼少期には、好きな行事の前に転校になり中学受験の際も志望校入試直前にインフルエンザにかかり、何か自分が望むものはそもそも手元にはやってこなかったが放り出された、希望ではない環境で最善を尽くすことで得た、全国津々浦々で見た景色や、不意に参加した部活で日本一になる経験など結果、得難いものを得ていい方向に進んできたのではと思えた。

(好きではないことに飛び込み、好きなことは好きなこととして大切に想うこと。)

その後、スイスへの留学を決断できたのも、自分は入れないと思っていた隈事務所で13年働けたのも在学中に突き落とされた、好きでもないことの崖の底でも、自分なりに頑張れば見たことのない世界が広がって、かえって楽しいという先生の金言から生まれた体験がなければ起りえなかったと今となっては思います。

八束先生は、卒業する際にこうも言いました。堀木君のような繊細な人間が、建築の世界で生きていけるか 僕は心配です。僕にとっての八束はじめ先生という人は、あまりにも天邪鬼で、僕のスイッチの入れ方の分かった方だと、本当に感心しました。最初と最後の金言によって無事に、ここまで僕なりの形で大好きな建築を続けられています。

好きなものをみると盲目になる僕にとって、好きなことをみつけ、それを避けてうろうろしながら、ちょっと離れたところから好きなことを見る。 そんな道が大学のころから続いています。

1年の留年と1年の留学と寄り道をしたことで、学年を越えた学友が出来たことも、今となっては貴重な財産です。

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